情報設計と感情設計――読まれる事例記事に必要な二つの視点

情報設計と感情設計――読まれる事例記事に必要な二つの視点

この記事はいつもと少し違います。事例制作ディレクターの影山が、コンテンツについて考えていることを書きました。

コンテンツには、二つの設計がある

よく調査されていて、数字も揃っていて、正確なのに、読まれない記事があります。

その理由は、情報の不足ではありません。人は情報だけでは動かないからです。

役に立つとわかっていても読み進めない。必要だと感じても、すぐには問い合わせない。理解と行動の間には、大きな溝があります。その溝を越えるのは、情報ではなく感情です。「これは自分の話だ」と感じた瞬間に、人はようやく動き始めます。

では、感情に訴えればよいのかというと、そうではありません。感動はするけれど、何を伝えたかったのかわからない。共感は生まれるけれど、信頼にはつながらない。感情は人を動かしますが、裏付けのない感情は人を信頼させません。

コンテンツには、二つの設計が必要です。

コンテンツには、二つの設計がある

情報設計は、何を理解させるかの設計です。どんな情報を選び、どんな構造で届けるか。多すぎれば迷子になり、少なすぎれば信頼を得られない。

感情設計は、何を感じさせるかの設計ではありません。読み手が、自分の経験や課題と自然に結びつけられるように、言葉の温度、場面の選び方、話の順番を整えること。それが感情設計です。

この二つは、順番ではありません。感情が扉を開け、情報がその扉に重みを与える。どちらが欠けても、扉は閉じます。

この二つについて、自分の仕事を通じて考えてきたことを書きます。

感情設計の例 ── 福島孝徳先生のエッセイ

福島孝徳先生について、私が書いたエッセイがあります。先生は脳神経外科医で、「神の手」と呼ばれた方です。2024年に81歳で亡くなられました。私は一スタッフとして十数年、先生のお仕事に関わってきました。

福島先生のような方を書くとき、難しいのは、すでに読み手の中に強いイメージがあることです。

「神の手」という言葉を聞いた瞬間、人はすでに何かを感じています。畏敬、距離感、あるいは感動。その感情は、メディアが積み上げてきたものです。そこに乗っかって書いても、読み手はさらに遠ざかるだけです。

だから私は、その距離を縮めたいと思いました。

みんなが知っている凄さの裏には、地道な努力と、人を救うために払ってきた犠牲があること。思いのほか人に気を遣う方で、褒められると素直に喜ぶ人でもあったこと。笑顔が素敵だったこと。

「神の手」という言葉が遠ざけてしまった、人間・福島孝徳の本来の姿を見せて、読者の心の距離を縮めたかった。自分の延長線上に福島先生がいると感じてほしかった。

よかったら、一本読んでみてください。

神の手と、やさしい手

このエッセイでは、手術の話はほとんど出てきません。出てくるのは、乾いていく寿司を気遣って頬張る姿や、年下の人間にすぐ「すまん」と言える潔さ。こうした場面の選択とその展開が感情設計ということになりますが、まぁ実のところ、私が好きな先生像をそのまま書いただけでもあります。

あわせて、こちらも書いています。
「神の手」という言葉だけでは見えにくい、福島先生の意外な一面にも触れてもらえたらと思います。

情報設計の例 ── 大塚商会のインフォグラフィック

大塚商会の会員向けメディア「図解で読みとく 中小企業ビジネスナビ」というシリーズを、毎月企画・編集しています。中小企業の経営者に向けたインフォグラフィック記事で、株式会社アークタンジェント名義で公開されている記事について、ここでは制作意図も含めて少し紹介します。

使えるのは、省庁の統計と白書だけ。公的データは誰でもアクセスできますから、同じ白書を開けば同じ数字が並んでいます。そこから、経営者にとって意味のあるストーリーをどう組み立てるかが、毎月問われます。

テーマは毎月変わります。地政学リスク、宇宙産業、育児休業、資金繰り。テーマだけ聞くと「中小企業に関係があるのか」と思うものも少なくありません。その距離を、データの選び方と並べ方で埋める。それがこのシリーズの情報設計です。

たとえば、こちらの記事です。(大塚商会の会員向けメディアのため、閲覧には無料会員登録が必要です。)

地政学リスクに備える|図解で読みとく 中小企業ビジネスナビ

この号のテーマは地政学リスク。中小企業の経営者の日常からはやや遠いテーマです。最初のインフォグラフィックでは、国際情勢の変化、経済・物流の連鎖、日本企業への影響、と三段階で降ろしていき、最後に「85%の企業が重要と回答」という調査データで裏付けています。

遠かったものが、読み終わる頃には自分の話になっている。この流れを作るために、元の白書から使えるデータを探し、つながるストーリーを見つけていきます。つながらなければ、別の展開を考えて、データを探し直す。元のデータは膨大ですが、最終的に残るのはほんの一部です。

データを探し、ストーリーを組み、つながらなければ捨ててやり直す。品質を上げるためには、華やかな方法は何もなくて、ひたすらこの繰り返しです。

同じシリーズでは、宇宙産業、育児休業、女性管理職登用などのテーマも扱っています。いずれも、遠く見えるテーマを中小企業の経営課題として捉え直すことを意識して構成しています。

事例記事には、二つの設計が同時に必要になる

情報設計と感情設計

事例記事の制作は、この二つが同時に求められる仕事です。

取材の場には、情報設計の素材と感情設計の素材が混在しています。導入の背景、課題、選定理由、効果、数字。これらは情報設計の素材です。一方で、担当者がふともらした一言や、迷った理由、導入後に変わった空気感の中に、感情設計の核心が入っていることがあります。

だから事例制作では、聞いたことをそのまま並べるだけでは足りません。何を残し、何を捨て、どの順番で届けるか。その判断に、情報設計と感情設計の両方が必要になります。

福島先生のエッセイを書けたのは、十数年そばにいたからです。大塚商会のインフォグラフィックを作れるのは、データを読み込み、経営者にとっての意味を探しているからです。どちらも近道はなく、対象に時間をかけた結果でしかありません。

事例記事も同じです。取材の相手をよく見て、よく聞いて、その会社にしかないストーリーを見つける。そこで見つけた言葉や場面に触れたとき、読み手は少しずつ、自分の会社のことを考え始めます。

これは、自社にも関係がある話かもしれない。
うちでも、同じように変われるかもしれない。

そう思えたとき、事例記事は単なる実績紹介ではなく、次の検討へ進むための材料になります。

「一度、相談してみよう」。

そう思ってもらえる記事を作ることが、私たちの仕事です。

投稿者プロフィール

kageyama